
第12回平和・協同ジャーナリスト基金賞の選考経過
基金賞決定にあたって候補作品(原則として05年11月から1年間に発表されたもの)を募集したところ、応募、推薦合わせて51点(うち映像関係は11点)が寄せられました。選考は、鎌倉悦男(プロデューサー・ディレクター)、坪井主税(札幌学院大学教授)、原一男(映画監督)、前田哲男(沖縄大学客員教授、軍事評論家)、森田邦彦(翻訳家)、山谷哲夫(ドキュメンタリー監督)、由井晶子(元沖縄タイムス編集局長)の7氏によって行われ、9点が選ばれました。
■大賞にあたる基金賞には、フリージャーナリスト、西谷文和氏のイラクに関する報道活動が満場一致で選ばれました。2年前まで大阪府吹田市役所勤務の公務員でしたが、現在は退職してフリー。10年前からボスニア、コソボ、アフガニスタンなどを探訪し、市民の目線で戦争の悲惨さを伝えてきました。イラク戦争が始まると3回にわたってイラクに入り、米軍の劣化ウラン弾やクラスター爆弾にやられた子どもたちの被害など戦争の実態を取材し、毎日新聞大阪本社版などに発表してきました。戦争の激化にともない、日本の報道機関は危険を理由にほとんどイラクから引き揚げましたが、西谷氏はそれでもイラク入りに挑戦し、現地の状況を伝え続けています。同氏の勇気あるジャーナリスト精神に賛辞が相次ぎました。
奨励賞には6点が選ばれましたが、まず、浦島悦子さんの『辺野古 海のたたかい』は、沖縄県名護市の辺野古で、新たな米軍基地の建設に反対して闘っている住民たちの運動を記録したものです。浦島さん自身も現地に定住し、長期間にわたって運動をフォローしてきました。そのねばり強い取材活動に称賛の声が上がりました。
同じく奨励賞を贈ることになった財団法人第五福竜丸平和協会は、東京・江東区の夢の島にある都立第五福竜丸展示館の管理を委託されている団体です。展示館が開館してか30年になりますが、この間、同協会は福竜丸が被災したビキニ水爆実験の実相の紹介に継続的に力を注ぐなど核兵器廃絶に向けた活動に積極的に取り組んできました。とくに『都立第五福竜丸展示館の歩み』『写真でたどる第五福竜丸』を刊行するなど、多面的な広報活動が評価されました。
東京新聞社会部編の『あの戦争を伝えたい』は、同紙社会面に1年間連載した「記憶 新聞記者が受け継ぐ戦争」をまとめたものです。「戦後60年、巨大メディアの右傾化が強まるなか、被害、困難、加害など、戦争をあらゆる側面からとらえた17人の記者たちの奮闘は高く評価されていい」とされました。
ができた」「何度も現地を踏み、時間をかけた丹念な取材に敬服する」とされました。
田村洋三氏の『ざわわ ざわわの沖縄戦』は、ミリオンセラー歌曲「さとうきび畑」(作詞・作曲、寺島尚彦)にまつわる秘話と地上戦の悲惨さを描いたノンフィクションです。「さとうきびを通じて沖縄戦を描いた視点が新鮮で、改めて沖縄と沖縄戦について理解を深めること
そのほか、杉田弘毅氏の『検証 非核の選択―核の現場を追う―』、新藤健一氏の『疑惑のアングル』が最後まで残りました。
■映像部門では基金賞の該当作はありませんでしたが、2作品が際だつとして奨励賞に選ばれました。
まず、日本テレビ放送網の『カナリアの子供たち~検証・化学物質過敏症』は、有機リン農薬の無人ヘリによる空中散布が、子どもたちの神経や精神をむしばんでいる実態に迫ったルポルタージュです。番組は、私たちの周囲の環境や子どもたちの人権を大切にすべきではないかと静かに訴える。「すぐれて今日的な問題を追及する姿勢を買いたい」と評価されました。
第2次大戦後も中国に残留させられ、内戦を戦わされた日本軍部隊がありました。が、長い抑留後に帰国した彼らを待っていたのは逃亡兵の扱いでした。なぜ残留させれられたのか。その解明に奔走する、部隊の一員だった奥村和一氏の孤軍奮闘を描いたドキュメンタリーが、池谷薫監督の『蟻の兵隊』です。日本軍による中国民衆への加害も明らかにされてゆきます。「映像に力がある」「主人公のやりきれない思いが作品に定着し、映像の力になっている」との賛辞が寄せられました。
■協同関係は、推薦1件のみで、今回も授賞作がありませんでした。
■荒井なみ子賞は4年前に創設されましたが、今回が初めての授賞です。女性のジャーナリスト、あるいは女性がかかわる問題をテーマとした作品を対象としています。古居みずえさんが監督した『ガーダ・パレスチナの詩』は、パレスチナのガザ地区に生まれ、育った女性、ガーダさんの生活、生き方を伝えるドキュメンタリー映画です。選考委員会では「パレスチナ人の歴史がよく描かれている」「イスラエルの建国がパレスチナ人にとってどういうことかよく分かる」「観る人を最後まで引きつける力がある」と絶賛されました。
■女優の吉永小百合さんに基金として特別賞「持続する志賞」を贈呈することになりました。多忙な仕事のかたわら20年間にわたって原爆詩の朗読活動を続けてこられたことに対し敬意を表そうというものです。選考委では「被爆者の高齢化が進み、被爆を証言する人が減少しつつある今、吉永さんの活動がもつ意味は大きい。いわば、被爆体験の継承活動であり、未来に向けての貴重な活動といえる。私たち市民もこれに学ばねば」との発言がありました。
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