
<入賞者・団体のプロフィル(敬称略)> 
★ 基金賞
◆半田滋(はんだ・しげる)
1955年(昭和30年)栃木県宇都宮市生まれ。下野新聞社を経て、91年中日新聞社入社、 東京新聞編集局社会部記者を経て、今年8月より編集委員。93年防衛庁防衛研究所特 別課程修了。92年より防衛庁取材を担当し、米国、ロシア、韓国、カンボジア、イラクなど海外取材を経験。防衛政策や自衛隊、米軍の活動について、新聞や月刊誌に論考を多数発表している。04年中国が東シナ海の日中中間線付近に建設を開始した春暁ガス田群をスクープした。著書に「自衛隊vs
北朝鮮」(新潮新書)、「闘えない軍隊」(講談社+α新書)などがある。
★ 奨励賞
◆飯田市歴史研究所
〒395-0002 長野県飯田市上郷飯沼3145 TEL0265-53-4670
「このたび飯田市歴史研究所編『「満州移民―飯田下伊那からのメッセージ』(現代史料出版)に対して名誉ある賞を与えていただき、たいへんうれしく思います。
編者となった飯田歴史研究所とは、地域の歴史・文化を調査研究して、市民にその成果を伝え、地域の人材の育成と活力ある地域社会の創造を行うことを目的に、2003年12月飯田市によって設立されました。
今回の『「満州移民』の刊行は,同研究所の所員が中心になって執筆したものです。本書の課題は、満州移民の全国一多い長野県のなかでも、もっとも多くの移民数を送出した飯田下伊那地域を対象に、満州移民の歴史を語ることでした。とくに留意したことは、満州移民前史から、移民送出とソ連参戦による逃避行、そして敗戦からの移民の戦後史を、飯田下伊那地域に即してトータルに叙述することでした。
とりわけ、飯田下伊那では近年『満蒙開拓を語り継ぐ』市民運動の成果が5集まで刊行されており、それらオーラルヒストリーを生かして、高校生以上の市民にわかりやすく、地域の歴史、地域の記憶を伝えていくことが目標でした。
本書を読んで、若い人たちに平和の大切さを考えてもらえれば、これ以上の喜びはありません」(編集責任者 森武麿)
◆沖縄県ハンセン病証言集編集総務局
「沖縄県ハンセン病証言集」(沖縄愛楽園編、宮古南静園編、資料編)
沖縄県ハンセン病証言集編集総務局 〒905-1635 沖縄県名護市済井出1192番地 Tel/Fa x兼:0980-52-8362
沖縄愛楽園自治会 〒905-1635 沖縄県名護市済井出1192番地 TEL0980-52-8115
宮古南静園入園者自治会 〒906-0003 沖縄県宮古島市平良島尻888 TEL0980-72-5441
「2002年、沖縄愛楽園、宮古南静園両自治会の提案による市民参加型の聞き取り調査が始まった。この調査の1つの契機となったのはハンセン病違憲国賠裁判である。熊本地裁での勝訴判決は報道でも大きく取り上げられ、法的な問題は解決へ向かい入所者、退所者を初めとして回復者たちの人権回復がなされた。しかし、本土復帰前の沖縄では本土のハンセン病政策と異なっており実態は不明であるとされ、沖縄の問題は残されたままであった。
聞き取り調査の目的は隔離政策の実態、生きてきた人々の体験や思いを残すことであったが、沖縄戦により消失した資料、また断種・堕胎を初めとして記録として残されてなかった資料を補い、そして市民に開かれた園という将来構想へつながるものでもあった。この呼びかけに150名以上のボランティア調査員が足を運び、5年間で300名以上の証言を聞くことができた。
それぞれの聞き取り現場ではさまざまな出会いがあった。証言を拒否されたり、話の核心に触れると話をそらされることもあった。調査員の中には辛い体験に調査から足が遠のいた人もいる。そのような中でも共に笑い、泣き、少しずつ関係を作っていく中で次第に話を聞かせてもらうことができた。
証言集を世に出すことは隔離政策の実態、そして隔離の下生きてきた人々の姿や思いを伝えることである。今回聞き取り調査で語った多くの人々は自己の体験を語る場や機会を持たなかった人々である。隔離政策の事実だけではなく、生きてきた、そして生きている人々の姿が伝われることを願っている」(証言集編集事務局
)
◆金子惇郎(かねこ・あつお)
1935年生まれ。1958年東京大学文学部西洋史学科卒。共同通信社入社。社会部、サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事。1997年大阪国際大学教授、国際関係研究所長、学長の後2006年名誉教授。専門は国際関係論、米国内政、外交、マスコミ論。現カンボジア教育支援基金共同代表。
著書
「在日米軍」(共著、三一書房、1969年)
「壮大な空虚」(共同通信社、1983年)
「アジアの熱い風」(編者、共同通信社、1984年)
「国際報道最前線」(リベルタ出版、1997年)
「分裂と統合の相克」(共著、萌書房、2001年)
「EUと東アジア共同体」(共著、萌書房、2006年)
◆熊谷 徹(くまがい・とおる)
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中にベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。
著書に「ドイツの憂鬱」「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」「住まなきゃわからないドイツ」「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
◆日本テレビ放送網
〒105-7444 東京都港区東新橋1-6-1 TEL03-6215-2682
「ネットカフェ難民」(07・1・28放映)「ネットカフェ難民2」(07・6・24放映)
担当者は報道番組部 水島宏明
自薦理由「日本テレビのドキュメンタリーの造語である『ネットカフェ難民』。これが、その後、マスコミや国会、行政等で頻繁に使われる言葉になった。3月15日の参議院厚生労働委員会では『「先日放送された「ネットカフェ難民」の問題は実に深刻である』として質疑が行われ、柳沢厚労相は“ネットカフェ難民の実態調査”を厚労省として実施することを約束した。さらに日本弁護士会連合会も『ネットカフェ難民』に関する緊急シンポジウムを行ったほか(4月)、労働組合が独自にネットカフェ難民の実態調査を行った(5月)。また社会保障関係の学者グループや弁護士グループも調査を実施(5月~)。6月には厚生労働省も国として初めてのネットカフェ難民の実態調査に乗り出した。
日本テレビはワーキングプアの源泉といわれ、この数年間の派遣労働の規制緩和で急増した『日雇い派遣』について、グッドウィルなどの違法な事例などを次々に報道した。
当初は『問題は何もない』としていた厚労省も『日雇い派遣は今のままで良いとは思っていない』と態度を変化させた。日雇い派遣最大手グッドウィルが行っていた『データ装備費』という名目での違法な給与天引きや違法な派遣労働。独自に入手した社内ビデオや現役幹部の証言を交えて、他のテレビ局に先駆けてくわしい内情をいち早く実名報道した。
1月末に初めて放送された『ネットカフェ難民』という言葉は、次第に他の新聞、雑誌、テレビなどのメディアが使うようになった。特にテレビでは報道番組や情報番組で『後追い』や『真似』の特集や番組が相次いだ。
こうしたなか8月末には厚労省が『ネットカフェ難民の実態調査結果』を報告。必ずしも十分で正確といえる調査ではなかったが、少なくとも『5,400人』との推計値を発表した。この厚労省調査に関する報道では、すべての全国紙およびNHK、各民放の見出しや記事で『ネットカフェ難民』という言葉が使われた。日本テレビは単に『言葉』で先駆けただけでなく、ネットカフェ難民の背景にある日雇い派遣問題、とりわけグッドウィルへの追及報道で常に先陣を切って他社の追随を許さず、報道全体をリードした。
現代の貧困の実態や背景を告発する日本テレビの『ネットカフェ難民』報道。視聴者のみならず、各メディアや国をはじめとする関係機関に事態の深刻さを認識させた、という点で画期的である」
◆林えいだい(はやし・えいだい)
1933年福岡県生まれ。記録作家。ありらん文庫主宰。
主な著書=「女たちの風船爆弾」(亜紀書房)、「銃殺命令―BC級戦犯の生と死」(朝日新聞社)、「同時代ノンフィクション選集第4巻-女たちの証言」(文芸春秋社)、「清算されない昭和―朝鮮人強制連行の記録」(岩波書店)、「戦時外国人強制連行関係史料集I~IV」(明石書店)、「杉野はいずこ-英霊の生存説を追う」(新評論)、「証言・台湾高砂義勇隊(草風館)、「異郷の炭鉱―三井山野鉱強制労働の記録」共著(海鳥社)、「インドネシアの記憶―オランダ人強制収容所」(燦葉出版社)、「台湾の大和魂」(東方出版)、「霧社の反乱・民衆側の証言」(新評論)、「特攻日誌」共著(東方出版)、「重爆特攻さくら弾機」(東方出版)、その他多数
★荒井なみ子賞
◆山秋真(やまあき・しん)
日本大学芸術学部卒業。1992年10月、石川県珠洲市をはじめて訪れ、以後翻訳業のかたわら珠洲および珠洲関連の裁判にかよい記録をとる。神奈川県出身、在住。
止
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