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安保50年 日米同盟の虚構を解き明かす6月26日、明大で基金賞受賞講演会を開催
平和・協同ジャーナリスト基金は現代史研究会、連合通信社情報懇話会21と共催で2010年6月26日午後6時から、、東京の明治大学リバティータワー1096号室で「平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞記念講演会 安保50年日米同盟の虚構を解き明かす」を開催しました。夜の開催だったにもかかわらず約100人の来場者があり、盛会でした。
講師の太田昌克さん(右)と屋良朝博さん
講演会場を埋めた人たち 講師は太田昌克・共同通信社編集委員兼論説委員と屋良朝博・沖縄タイムス論説委員兼編集委員。太田さんは日米両政府間の核密約に関する報道で09年に第15回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を、屋良さんは在日米軍再編に関する報道で同奨励賞を受賞されました。 太田さんの演題は「『核の傘』と日米同盟―核密約とは何だったのか」。 「核密約は、日米両政府が同盟を続けるための都合のよい道具だった」。太田さんはこう述べて、取材を通して見えてきた核密約の本質を解説しました。それによると、1953年から核兵器を積んだ米空母が日本に寄港し始めた。54年には米国が沖縄にも核兵器を持ち込み始めた。当時は東西冷戦中で、米国は西欧の同盟国にも核兵器を配置していた。「米国は中ソとの全面核戦争に備え、日本にも核兵器を持ち込んだ。一方で、被爆国である日本人の反発を恐れ、持ち込みを肯定も否定もしないことにした」と太田さん。日本政府も核抑止論を前提に、米国の「核の傘」に入れば安全保障を図れると考え、国民に知らせずに密約の維持に腐心してきたという。この姿勢を太田さんは「民主主義の本分にもとる」と批判し、「米国が中ソと核戦争を起こせば、日本は巻き込まれる危険が高かった」と話しました。
屋良さんの演題は「海兵隊の抑止力とは何か―普天間の行方」。 屋良さんによると、日米両政府は06年に沖縄の海兵隊8000人とその家族9000人のグアム移転に合意した。それまでは、海兵隊が沖縄に駐留する理由は、その抑止力と安全保障上の地理的優位があるからだとされてきたはずだった。この矛盾に気づいた屋良さんは、日米合意の背景を探るべくハワイにある米政府系の研究機関に留学。そこで得た結論は、海兵隊の沖縄駐留の理由が空虚であることだったという。「軍事戦略上の必要性や海兵隊の意向は関係なく、合意はあくまでワシントンと東京にいる政治家が決めたことだったのです」と屋良さん。 さらに、屋良さんは、沖縄は中国や朝鮮半島に近いので有事に備えられるという主張も、米軍関係者の本音とは限らないと述べました。「軍は戦争に備えるという性質上、なるべく多くの拠点や施設を持とうとする。だから、沖縄の既得権を失うことが嫌なのです」
会場で行ったかアンケートでは「知らなかったり、知らされていなかったことばかりで、とても勉強になった」「内容が濃くて面白かった」といった回答が圧倒的でした。
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