平和と協同のための日本版ピューリッツアー賞 平和・協同ジャーナリスト基金
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2020年度 第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞

平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)は2020年11月30日、今年度の第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞の受賞者を発表しました。

今年度の基金賞選考にあたっては、推薦と応募合わせて75点(活字部門36点、映像部門39点)が寄せられましたが、審査委員の太田直子(映像ディレクター)、鎌倉悦男(プロデューサー・ディレクター)、高原孝生(明治学院大学教授)、鶴文乃(フリーライター)、前田哲男(軍事ジャーナリスト)、本間健太郎(芸能クリエーター)、森田邦彦(翻訳家)の7氏による選考の結果、次のように受賞者と受賞作品が決まりました。

受賞者の皆さんをお招きしての基金賞贈呈式を12月5日、東京・内幸町の日本記者クラブで行う予定でしたが、新型コロナウイルスの感染者が急増中という事態を受けて、基金運営委員会は贈呈式を取りやめることにしました。このため、基金賞の贈呈は個別に行います。

基金賞(1点)

奨励賞(7点)


今年度は戦後75年、被爆75年という節目の年にあたります。このため、基金運営委員会としては、記事や映像で、戦後75年やヒロシマ・ナガサキ75年を意識した力作や意欲作が数多く寄せられるのではと期待していましたが、全般的に低調でした。これはおそらく、新型コロナウイルスが世界と日本を襲ったため、メディアも十分な報道活動が出来なかったからではないか、と思われます。でも、そうした厳しい状況にあっても溢れんばかりの意欲で取材や執筆に時間をかけた力作、労作があり、入賞作を選ぶ審査委員の論議も長時間に及びました。

■基金賞=大賞(1点)に審査委員の満場一致で選ばれたのは、信濃毎日新聞社編集局の『連載企画・記憶を拓く 信州 半島 世界』でした。
日本と韓国は、元徴用工の賠償問題を巡る韓国大法院の判決(2018年10月)をきっかけに最悪の関係にあります。書店には嫌韓本が山積しています。こうした状況に真正面から向き合い、日韓関係改善への道を探った連載が、審査委員の注目を集めました。
選考委では「日韓関係の現況を報道機関としてほっておけないという編集局挙げての気迫を感じさせ、まさに勇気ある報道だ」「日韓双方の現状を丁寧に取材していることに好感がもてる」「松代大本営地下壕工事に動員された朝鮮人の生存家族を韓国で探し当て当時のことを語らせたのは、特筆に値する」「日韓関係の歴史を、84年前のベルリン・五輪のマラソンで優勝した孫基禎選手の生涯から解き起こしているのは見事」といった賛辞が相次ぎました。日韓関係改善のための提案を取材班の名でおこなっていることも話題になりました。

■奨励賞には活字部門から5点、映像部門から2点、計7点が選ばれました。 

本年は戦後75年・被爆75年にあたるので、選考委ではまず、メディアがこれをどう報道したかを論議しました。新聞について言えば、戦争体験者を登場させて体験を語らせるといった企画が大半でしたが、その中にあって、毎日新聞社が総合的・多角的な観点から社を挙げて戦後75年・被爆75年を回顧・検証していたのがひときわ目立ちました。その中でとくに審査委員の目を引いたのが伊藤絵理子記者の連載『記者・清六の戦争』でした。 
伊藤記者の曾祖父の弟にあたる伊藤清六は毎日新聞記者でしたが、太平洋戦争末期、フィリピンで日本軍と行動を共にし、山中で餓死します。連載はその足跡を丹念にたどったもので、「日本軍による加害の事実、新聞の戦争責任にも言及している点を評価したい」として奨励賞に選ばれました。

同じく奨励賞を受賞した静岡新聞取材班の『長期調査報道・サクラエビ異変』は、2年間にわたって500回、まだ連載中という、まるで大河小説を彷彿させる大作です。全国的に知られた駿河湾産のサクラエビの不漁に注目した取材班は、その原因が駿河湾に注ぐ富士川の水の汚れにあるのでは、と考える。そして、富士川沿岸の歴史を調べてゆくうちに、沿岸の環境破壊が明らかになり、汚水の“犯人”を突き止める。その粘り強い取材が審査委員を驚かせました。活字ばかりでなく、ウエブを駆使した報道手法にも称賛の声が上がりました。

すでに述べたように、今年は被爆75年にあたります。そこで、ヒロシマ・ナガサキ関係から何としても選びたいという審査委員の思いから奨励賞に選ばれたのが、竹内良男さんの『「ヒロシマ連続講座」と通信「ヒロシマへ ヒロシマから」の発行』です。 高校教員をしていた竹内さんは修学旅行の付き添いで広島を訪れ、悲惨な被爆の実相を知って衝撃を受ける。そのことを首都圏に住む人々にも知ってもらいたいと、2016年から東京で始めたのが「ヒロシマ連続講座」です。コロナ禍が始まると、講座に来る人が減った。そこでウエブで発信し始めたのが、被爆に関する情報を載せた「ヒロシマへ ヒロシマから」。選考委では「たった1人で講座と通信を続ける努力には頭が下がる」との声があがりました。

今年も、8月の終戦記念日の前後には、新聞各紙が「戦争体験をどう次世代に継承するか」といった企画記事を掲載しました。大半は、戦争体験者の証言を紹介したものでしたが、その中で異彩を放っていたのが奨励賞に選ばれた西日本新聞社取材班の『戦後75年企画「言葉を刻む」「あの日、何を報じたか」』でした。「言葉を刻む」は、戦争にまつわる過去の記事、体験をつづった読者の手紙、取材ノートに残っていた印象的な言葉をコンパクトに原稿化したもの、ウエブサイトで展開した「あの日、何を報じたか」は、75年前の紙面から市民生活に関する記事を選び、当時と同じ日付の画面に掲載したものでした。こうした手法で、当時の社会状況が鮮明に浮かび上がる。「新聞が戦争体験を次の世代に伝えるのにこんな手法もあったとは」と審査委員を驚かせました。  
当基金は、「平和」推進ばかりでなく、人と人との「協同・連帯」を重視する作品も顕彰の対象にしていますが、今年は柏井宏之・樋口兼次・平山昇3氏共同編集の『西暦二〇三〇年における協同組合』を奨励賞に選びました。 
世界では、今や、資本主義の危機、破綻が叫ばれ、資本主義に代わる経済システムが模索されています。本書は、非営利の協同組合こそがそれに値する経済システムではないか、という立場から、学者、生協活動家ら23人が、協同組合の長所と可能性を論じたものです。選考委では「今後の協同組合を考える上で多様な見識を得られる点を評価したい」とされました。

■映像部門から奨励賞に選ばれた2点は、九州朝日放送の「良心の実弾~医師・中村哲が遺したもの~」と、Kプロジェクトのドキュメンタリー映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』です。

九州朝日放送の作品は、最初はアフガニスタンなど紛争地帯の医療活動に携わっていた中村医師が、貧しい人々を助けるには戦争で荒野となってしまった土地に水を与えることこそが第1命題と考え、現地の人々と共に灌漑事業に献身する姿を追ったドキュメンタリーです。選考委では「崇高ともいうべき活動とその人柄を描き出した感動的な作品として高く評価したい」とされました。

『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は、戦争という名の国策によって生まれた2つの国の残留者たちを追ったドキュメンタリーです。中国残留孤児・婦人のことは、報道によって知られていますが、敗戦後のフィリピンで日本人の父と生き別れたことから差別と貧困の中に生きることになったフィリピン残留日本人2世のことは殆ど知られていません。選考委では「彼ら彼女らを棄民した日本政府に鋭いアピールを突きつけた作品として評価する」とされました。

そのほか、活字部門では、信濃毎日新聞記者・渡辺和弘「思想監視 公文書・記録が語る」▽藤原健「終わりなき<いくさ>~沖縄戦を心に刻む」<琉球新報社>▽朝日新聞記者・南彰「政治部不信―権力とメディアの関係を問い直す」<朝日選書>▽沖縄タイムス社「連載企画『独り』をつないで―ひきこもりの像―」が最終選考まで残りました。