平和・協同ジャーナリスト基金運営委員会は2023年12月5日、2023年度第29回平和・協同ジャーナリスト基金賞の受賞者・作品を発表しました。候補作品は推薦・応募合わせて76点(内訳は活字部門31点、映像部門45点)でしたが、その中から次のように基金賞=大賞1点、奨励賞7点を選びました。
作品の内容と講評は次の通りです。
■基金賞=大賞に選ばれたのは、映像部門の、沖縄県宜野湾市にある佐喜眞美術館とルミエール・プラスが制作した「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14部」です。同美術館に常設展示されている丸木夫妻の「沖縄戦の図全14部」とその製作過程をドキメンタリー映画化したものです。
丸木夫妻は「原爆の図」の作者として知られます。夫妻をかりたてたのは「沖縄戦の映像は米軍が撮影したものだけで、日本側には何もないから、描かなければならない」との使命感でした。選考委員会では「県民の4人に1人が亡くなった悲惨な沖縄戦の悲劇を描いた大作の創造ブロセスを明らかにすることで、沖縄で再び戦争を繰り返してはならないと訴える本作は本年の大賞にふさわしい」とされました。
■奨励賞には活字部門から6点、映像部門1点、計7点が選ばれました。
まず、活字部門ですが、天野弘幹・高知新聞学芸部長の「美しき座標―平民社を巡る人々」が選ばれました。なにしろ、2021年1月から2023年春までの2年余り高知新聞に掲載された長編で、その分量に選考委員の面々も目を見張りました。
明治期に日露戦争に反対して「平民社」を創設した公幸徳秋水、堺利彦とそれに繋がる幾多の群像の生涯を活写した作品です。選考委では「中江兆民、田中正造、福田英子らも出てきて、とても面白い」「自由民権運動から大正の終わり頃までの日本の状況が生き生きと描かれていて、この時代を理解するのに役に立つ」とされました。
同じく奨励賞に選ばれた、高橋淳・朝日新聞宇都宮総局員の「ブラック支援 狙われるひきこもり」は、ひきこもりが激増するにつれ、当事者や家族が、“支援”を騙る悪質な業者によって深刻な被害に遭っているという、これまでほとんど知られていなかった事実に迫ったノンフィクションです。選考委では「実に丹念な取材に感服」「ひきこもり問題の解決策にまで言及している点を買いたい」とされました。
やはり奨励賞となった写真家・高橋美香さんの「パレスチナに生きるふたり ママとマハ」は、パレスチナのヨルダン川西岸地区で暮らす平凡な一般市民の日常生活を写真と文で紹介したものです。ところが、10月27日にガザ地区へのイスラエル軍の侵攻が始まりました。それだけに、ガザ地区の住民が受けた被害の悲惨さに胸をつかれます。「写真絵本という形にしたので、子どもにも分かりやすく、パレスチナの人々を身近に感じられる体裁となっている」「あまり知られていないパレスチナの現状を知るのに役にたつ」。選考委員の感想でした。
林啓太・中日新聞記者の「ウクライナ、パレスチナ非戦の俳句」にも奨励賞を贈ることになりましたが、多くの選考委員がこの記事に多大な関心を示しました。なぜなら、俳句愛好者が世界的に広がりつつあることは知ってはいたものの、外国の人が、母国語で非戦への願いを俳句として詠むとは思ってもみなかったからでしょう。そして、選考委員を驚かせたことの1つは、外国語の俳句がいずれも3行詩であったことでした。
ウクライナもパレスチナも戦場です。そこで詠まれた俳句は平和への思いが溢れています。外国語の俳句を和訳したのは林記者。「どれも名訳」。選考委員の一致した評でした。中日新聞社は2015年に「平和の俳句」で大賞を得ました。今回はその国際版と言えます。
豊秀一・朝日新聞編集委員は「長年にわたる憲法に関する一連の報道」で奨励賞となりました。
日本には、これまで、日本国憲法の規定を武器に平和実現のためや、人権を守るため、あるいは健康で文化的な生活を求めて闘ってきた人々がいましたし、今もいます。豊氏はこれらの人々の言い分に耳を傾け、憲法擁護の論陣を張ってきました。政界では、改憲への動きが強まっています。護憲のペンを振るう記者諸君がほうはいと登場してくることを期待します。
日本国憲法が施行されて76年余。この間、いわゆる違憲訴訟があったし、今も続いています。ある事件、ある事象が起きる。それが合憲であるか、それとも違憲か裁判で争われます。思いつくだけでも思い浮かんで来ます。砂川事件、恵庭事件、長沼ナイキ基地訴訟、津地鎮祭訴訟、朝日訴訟……。これらの事件、事象の現地を訪ね、これらの訴訟が何を残したのかを改めて吟味してみる。そんな気が遠くなるような取材活動に挑んでいる記者がいます。「連載・憲法事件を歩く」で奨励賞を受賞した信濃毎日新聞の渡辺秀樹編集委員です。
週1回の連載ですでに64回を数えました。選考委では「9条問題だけで11回も書いている。とにかく、すごい」「地道な取材に敬服する」との声が挙りました。
■映像部門で奨励賞となった1点は、株式会社ストームピクチャーズ制作の「時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち」です。
神奈川県川崎市の雑木林に囲まれた丘に「風の谷幼稚園」と呼ばれる幼稚園があります。本作は、そこの園長と子どもたちの成長を1年間追ったドキュメンタリーです。「人間として誇りをもつ」「心を通い合わせる」「解決方法を考える力を養う」といった習慣を園児たちに身につけさせるのが園の理念という。「子どもたちが生き生きと生活している姿があますところなく描かれている」と評価されました。
<作品紹介> 《原爆の図》が世界を巡回したとき、丸木位里・丸木俊は賞賛と同時に日本軍への加害性も激しく突きつけられました。その体験を経てたどり着いた沖縄戦。逃げ場のない島で「軍官民共生共死」の地上戦だった沖縄戦は、今日のガザの戦争と完全に重なります。沖縄の人が昨日のことのように過酷な地上戦を語り継いでいることに、おふたりは大変驚き、感動します。《沖縄戦の図》14部は、壮絶な体験を語り、モデルになった沖縄の人たちと「みんなで描いた絵」です。丸木夫妻が《沖縄戦の図》を描いたことを未だに多くの人が知りません。日本が再び戦争へ向かおうとするいまこそ沖縄戦と真正面から向き合い「正気」を取り戻してほしいという思いも込めて映画にしました。(佐喜眞美術館館長 佐喜眞道夫)
天野弘幹(あまの・ひろき) 香川県高松市生まれ。さぬきうどんで育つ。同志社大学文学部を卒業後、1989年に高知新聞社入社。社会部や佐川支局、学芸部、編集委員など記者畑を歩み、現在は学芸部長。この間、97年に元731部隊員の戦後を追った連載「流転ーその罪だれが償うか」、99年に「生命のゆくえー検証・脳死移植」で日本ジャーナリスト会議賞(大賞)。近年は地元の大学の大量図書焼却問題などに取り組む。デスクワークの傍ら時間を作って取材執筆を続ける。
<作品紹介> 東京の郊外、川崎市の雑木林に囲まれた丘に、「風の谷幼稚園」と呼ばれる一風変わった幼稚園がある。ここには、塀もなければ、遊具もない。さらには制服もなければ通園バスもない。「風の谷幼稚園」は、「身体を動かす」「手を使う」「いっぱい歩く」を基本とした「これからの時代のこれからの幼稚園」として親しまれている。園長の天野優子さんは、「理想の幼稚園を作りたい」との思いを胸に、家族を説得して家を担保に莫大な借金をし、10年間ほぼ無給で働いて自分の「理想の幼稚園」=「風の谷幼稚園」を作り上げてしまった。 現在、サッカー日本代表の久保建英選手も卒園生の一人だ。 本作は、天野園長を中心に、2021 年4月より天野園長と風の谷の子どもたちの成長を一年間にわたり追った長編ドキュメンタリー映画である。 監督は、五十嵐匠。ベトナム戦争の写真でピュリッツァー賞を受賞したカメラマン沢田教一のドキュメンタリー「SAWADA」(97)を手掛けた。構成は、ドキュメンタリー映画「記録・授業-人間について」の四宮鉄男。(五十嵐匠)
高橋淳(たかはし・あつし) 山梨県甲府市出身。朝日新聞記者。山梨日日新聞をへて2006年に朝日新聞社に入社。北海道放送報道センター、東京本社社会部などを経て、特別報道部でひきこもりの状態にある人や家族についての取材を始める。 2021年に朝日新聞デジタルと朝日新聞で連載した「#引きこもりのリアル『引き出し』ビジネス」が、いずれも市民団体が選ぶ「貧困ジャーナリズム大賞」の貧困ジャーナリズム賞と、「2021年メディア・アンビシャス大賞」の活字部門優秀賞を受賞した。支援をめぐる課題をテーマに取材を続けている。
高橋美香(たかはし・みか) 写真家。広島県府中市生まれ。大学在学中より世界の国々を歩き、その地に生きるひとびとの「いとなみ」をテーマに撮影を始め、作品を発表。著作に合同会社パレスチナ・オリーブ代表・皆川万葉さんとの共著『パレスチナのちいさないとなみー働いて、生きている』(かもがわ出版)、『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(以上、未來社)、写真集に『Bokra明日、パレスチナで』(ビーナス)がある。
林啓太(はやし・けいた) 1979年、長野県上田市生まれ。早稲田大と同学大学院で日本古代史を専攻。2005年に中日新聞社に入社し、北陸本社・富山支局で射水市民病院の呼吸器外し事件や氷見冤罪事件などを取材。12年から3年間、東京本社(東京新聞)・特別報道部で福島原発事故からの復興や沖縄の米軍基地、ヘイトスピーチなどに取り組む。今の名古屋本社・文化芸能部には19年に赴任し、黒人の人権擁護を訴える歌手やコスプレイヤー、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)2世の画家らの活動を報じた。学生時代に学んだ歴史も軸に人権や平和に関わる課題を追い、23年には生誕150年を迎えた東洋史家・津田左右吉の中国・朝鮮蔑視を掘り下げた。
豊秀一(ゆたか・しゅういち) 1965年、福岡県生まれ。1989年に朝日新聞社に入社し、青森、甲府両支局を経て、東京本社社会部で主に憲法・司法問題を担当。論説委員、大阪、東京の両本社社会部次長などを経て、2015年から編集委員(憲法・司法担当)。現在はオピニオン編集部所属。衆参両院の憲法審査会の動きなどをフォローしつつ、朝日新聞紙上で「憲法を考える」シリーズの執筆を続ける。著書に「国民投票 憲法を変える? 変えない?」(岩波ブックレット)、共著に「論究憲法 憲法の過去から未来へ」(有斐閣)など。
渡辺秀樹(わたなべ・ひでき) 長野県駒ケ根市生まれ。伊那北高校、早稲田大第一文学部卒。1983年、信濃毎日新聞社入社。報道部長、編集局次長、論説副主幹などを経て2018年から編集委員。著書に著「芦部信喜 平和への憲法学」(岩波書店)がある。これまでに、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞(2019年)、メディア・アンビシャス賞メディア賞(2022年)、むのたけじ地域民衆ジャーナリズム賞特別賞(2023年)などを受賞。
第29回平和・協同ジャーナリスト基金賞贈呈式は2023年12月16日(土)午後1時から日本記者クラブ大会議室(日本プレスセンタービル9階)で行いました。第1部贈呈式、第2部祝賀パーティーというスケジュールでしたが、受賞者、その関係者、基金役員、報道関係者ら約40人が参加しました。
コロナ禍がまた完全に収束していないところから、贈呈式は対面式とライブ配信の両面で行いましたが、受賞された方々のスピーチはまことに素晴らしく、視聴者を感動させました。
Facebookのページ からライブ配信をご覧いただけます。●は映像関係、敬称略(カッコ内は推薦者名)
活字部門31点 映像部門45点